私はあなた、あなたは私

瞑想をしていると、
身体の境界線がなくなる体験を
することがあります。

身体の境界線がなくなるというのは、
身体を覆っている皮膚と周りの空気との
境目が交じり合ってわからなくなるのです。

どこまでが身体の内側か、どこからが身体の外側か、
感覚を研ぎ澄ませて、探求しようとするのですが、
まったく境目が掴めません。

そのうち、身体の内側や外側といった境目が
「ある」と思っているのは、自分の思考の癖と気づくのです。

「あぁ、そもそも内側も外側もないか」

「じゃあ、どこまで自分を広げられるのだろうか?」

と、チャレンジしていると、あることが気になりだします。

「自分って存在するんだっけ?」と。

境界線がなくなり、周りの空気と一体化していると、
本当に自分はここにいるのか、わからなくなるのです。

そこで一生懸命探求してみるけれど、
「あるような、ないような」不思議な感覚しか見つかりません。

「そっか。自分が存在している、存在していないと考えること自体、
あまり重要ではないんだ」と思った、次の瞬間

自分と他人が別だと思っていること自体、
思考のとらわれだと気づきます。

「私はあなた、あなたは私」

私のなかに、あなたがあり、
あなたのなかに、私がある。

それを体験すると、
人におせっかいをしたり、
聞かれてもいないことを
教えようとしたりすることは、
そもそも必要ではないのだとわかります。

だから、私は聞かれたこと以外は、
お伝えしようとしません。

それは自身を信じることであり、
人を信じることに繋がるからです。

ワンネスを体験したとあれこれ語っていたり、
あれはダメ、これはダメとおせっかいしている人がときどきいますが、
私のなかにもそういう癒されない部分があるのだと、
反面教師のつもりで見ています。

初めてこの体験をしたのは、3年ほど前。
今ではいつでも体験できるようになりましたが、
この体験自体もあまり重要ではないような気がします。

それよりも、「自分と他人の境界線はなく、違わない」ということを、
日々の生活のなかで、感じながら、
自分なりに実践していくことなのだと思います。

この話は以前にも書きましたが、
ふと思い出したので書きました。

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