「ココロ」は「カラダ」、「カラダ」は「ココロ」

「ココロ」と「カラダ」が繋がっているという話はよく聞きますよね。
でも、「ココロ」と「カラダ」が繋がっているという時点で、
「ココロ」と「カラダ」は別物として分けられていることに疑問を感じています。

「えっ!?別物じゃないの?」と言われてしまいそうですが、
目に見えない「ココロ」と目に見える「カラダ」は違いはあるけれど、
「イノチ」という視点で見ると、「ココロ」も「カラダ」もひとつ、
同じ物だと見ることもできるのではないでしょうか?

そう考えると、目に見えない「ココロ」の問題も
よりシンプルに捉えられるかもしれません。

これまでに何百人にセッションをしてきて感じるのは、
今の「カラダ」の状態は「ココロ」の状態だということです。

例えば、頑な思考をお持ちの頑な性格の方は、カラダの筋肉も頑で
なかなか素直に緩もうとしないことが多いです。
そして、注目してほしいのは、その頑な筋肉が緩み始めると、
頑な思考が緩んできて、性格が変わったかのようになってしまいます。

また、自己表現を抑えて生きることをしてきた方は、
便秘であることが多いです。
カラダにとっての食べ物を外に出す排泄という行為は、
自己を外に出す自己表現と同じなのかもしれません。
そのときも、便秘が解消してくると、
自己表現ができるようになってくることがあります。
(ただし、便秘の解消だけでは難しいこともあります)

そして、自己表現が苦手な方や人の言いなりになってしまう方は、
食べ物を食べるときの咀嚼(そしゃく)が少ない方も多いです。
人の思考や言われたことを、自分なりに納得できないまま飲み込むことと、
咀嚼が少なく飲み込むことは、とても似ています。

「ココロ」は「カラダ」、「カラダ」は「ココロ」

そんな風に捉えることができると、
もっとシンプルに「イノチ」を感じることが
できるんじゃないでしょうか?

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