「生」と「死」を考える大晦日

2014年もあとわずか。
私にとっての大晦日は、宣伝の仕事を辞めて、
ポラリティを仕事にする「きっかけ」の日かもしれません。

4年前の大晦日の夜、私の帰省を待つかのように、
父が倒れて、約2週間後亡くなりました。
今思うと、その2週間は、
これから人にセッションしていくうえでの、
父からの命がけの「最終講義」だったようにも思います。

私は病室で2週間セッションしつづけ、
命のこと、魂のこと、身体のこと、病気のこと、人生のこと、あの世とこの世……
そこで多くのことを感じ取り、学びを得ることができました。

そして、「最終試練」
2週間後、私は自らセッションするのを辞めてしまいます。
セッションをやめると亡くなってしまうのはわかっていました。
でも、それが父にとって一番尊重されることだと気づいたからです。
父は私がカラダを触ってくれるのが、
とても嬉しくて死にたくても死ねなかったようです。
それに気づいたとき、「死ぬことも尊重される必要がある」と痛感しました。

そして、まだかろうじて生きている父に「最後の挨拶」をして、
私は病室を後にし、その2日後に父は亡くなりました。
亡くなる日の朝、私の大阪の自宅に父は来てくれていました。
背中にそっと手を当ててくれていたのを感じました。

私にとって大晦日は、「生」と「死」について考える日になっています。
そして、今の活動のモチベーションの原点でもあります。

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