多様性を認めること

【人の多様性を認めることはとても難しい】

と、庭の草引きをする度に思います。

庭の草はみんな、大地から同じチャンスを与えられて
生えているのに、草引きという人のジャッジが入ると
選ばれる草と選ばれない草がでてきます。

しかも、そのジャッジは、
キレイな花を咲かせる、食べられる実をつける、など
とってもプライベートな質のものだったりします。
だから人によってもジャッジが違うわけです。

多様性を認めるということは、
ジャッジをしないということなのかもしれません。
ふと、去年そう思い、草引きを辞めて、
庭の草をボーボーにしてみました。

すると、フキ、ふきのとう、シダ、山椒、
名前の知らない可愛い花を咲かせてくれるものなど、
いろんな植物が生えてきました。

手入れされた美しい庭もいいですが、
いろんな命と出会える発見の楽しみのある庭もいいものです。

人の多様性を認めることは、ジャッジをしないこと。
すると、そこに全く予想もしなかった
楽しみが生まれるかもしれません(笑)

今、庭の青もみじがキレイです。
天気の良いときに、下から葉っぱを見上げるのが好きです。



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