「洗濯」から学ぶこと

「最近、ぞうきんを絞れない子が多いんですよ」

以前、本の制作に携わらせてもらった
オリンピックメダリスト太田雄貴さんの
お父さん(当時教論だった)に聞いたお話を思い出した。

今はぞうきんがけがモップがけに変わっている学校もあるようで、
子どもがぞうきんを絞る必要のない世の中なんでしょうね。

便利便利でなんだか不自然な世の中だと感じているのは
ワタクシだけなんでしょうか?

相変わらず、脱便利生活中(家電を使わない)のワタクシは
洗濯機を使っていないので、洗濯は「つけ置き手洗い」。
脱水はもちろん手絞り。
バスタオルやズボン、セッションで使うシーツなど、
大きいものを絞るのは一苦労します(笑)

だけど、前腕も鍛えられるし、結構いい運動にもなります。
そして、洗濯中(洗濯に限らず)は何より無心になれるので、
気持ちがハレないときには気分転換にもなります。
そして、電気代もかからない。
時間さえあれば良いことづくし。

健康のために、とお金と時間を使って、
狭い空間で機械を相手に身体を動かす人もいるだろうけど、
生活の中の「便利」を減らして、
生きる(生活する)ために身体を動かす方が
より自然な健康に近づくんじゃないだろうか、と思う。

そして、もう一つ。
人間が使って汚したものを、
便利だからといって、すべて「機械」に洗わせるのはいかがなものか。
自分が使ったものを自分で奇麗に元通りにしようとすることで、
モノの傷みに気づいたりして、使い方に気をつけようとか、
モノに対する愛情や感謝の気持ちが生まれてくる。

最近、モノの声が聞こえるようになってきた。
悲しみをまとったモノに囲まれている人は見ていて辛そうだ。

便利は人間が獲得した能力のひとつ。
だけど、便利を手に入れることで、
失うモノが必ずあることを知る必要がある。
私はそれを生きる力(体験)だと感じている。

自分に必要な便利を選ぶことができるようになれば、
病気で悩むことは、今ほど多くはないのかもしれない。

便利も、不便も、ほどほどで生きて行きたい。

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