「効くなら、何でも良い」んじゃないですか?

ポラリティセラピーを創ったDr.ストーンは、
「効くなら、何でも良い」という考えの方だったそうです。
臨床家としての自由なスタンスがポラリティセラピーの
何ものにもとらわれないクリエイティビティな手技や非介入、
クライアントを「尊重する」スタンスに現れているんだと思います。

私はその「効くなら、何でも良い」という考えがとても好きです。
ですので、あらゆる療法と私のポラリティセラピーとの
交換セッションをして頂ける方を募集しています。
(ブログの募集ページ参照ください)

代替医療・補完医療家が陥りやすいのが、
「自分の療法が一番いい」と思い込んでしまうことです。
自分の療法を追求すればするほど、どうしても視野が狭くなってしまい、
さらに、自身の療法でクライアントが良くなっていくと、
思い込みもどんどん強くなっていくのかもしれません。

「自分の療法が一番いい」という態度は、施術者自身だけでなく、
クライアントのあらゆる可能性に蓋をしてしまうような気がします。
でも、クライアントに向き合うためには、
自分のセッションにある程度自信を持つことも必要でしょう。

しかし、自信を持つ軸を自分に置く限り、
それは過信に繋がると思います。

私はクライアントに元々備わっている『治る力』、
つまり、自然治癒力を完全に信頼することに自信を持つようにしています。
そうすると、クライアントに必要なことが起こることがとても多いです。

少し話がそれました。

「自分の療法が一番いい」という態度は可能性に
リミットをかけた「思考のクセ」でもあります。
施術者自身は自分の問題だからいいでしょうけど、
クライアントに新たな「思考のクセ」を作ってしまうことも
あるように思います。

私のセッションに来られるクライアントの方のなかにも、
「思考のクセ」を作られてしまった方がときどき来られます。

例えば、

「背骨が曲がっているので正しい姿勢をするように言われた」
→でも、正しい姿勢をするたびに腰が痛くなる

背骨が曲がっているので骨盤も歪んできていました。
そこに無理に一般的な「正しい」姿勢というのをやってしまい
腰に負担がかかっていた状況です。
でも、「誰々がこういったから」を鵜呑みにしてしまい、
身体が辛くても続けてしまう方はいるんですね。

ここでいう「正しい」姿勢というのも「思考のクセ」です。
解剖学的な理想の姿勢というのはあるでしょうが、
「普遍性を見て、個性を見ない」ということになってしまいます。

人それぞれ、そのときその身体の状況にとって「楽な」姿勢は違います。
「正しい姿勢」というのをやってみて、辛さを感じるのであれば、
それは今のあなたに必要ではないのかもしれません。
「正しい」姿勢より、「楽な」姿勢も突き詰めれば
どちらも「同じ」かもしれませんが、「正しい」の言葉を使うと
思考のクセが生まれる気がします。

この場合はまず頭、脊椎、骨盤などを緩めて、
それらが動ける余裕(スペース)ができてから
姿勢を気にかけたらいいのではないかなと思いました。
(スペースができれば、自然治癒力で勝手に必要な姿勢に戻ります)

自身の技術をより繊細に高めていくことも大切ですが、
クライアントに新たな「思考のクセ」を作ってしまわないか
施術者はとても注意を払わないといけないように思います。

その「バランス」を崩さないためにも、療法家同士が横で繋がることや
自身の療法以外のものを体感して知ることが大切だと思っています。

もちろん、何かとリスクもあるかもしれませんが、
他を知ることで、自を知ることもあるかと思います。
情報を得るだけではない、実践からの学びや気づきはあると思います。

そして、「効くなら、何でも良い」んです。

もし、私のこういった想いに賛同してくださる療法家の方が
いらっしゃいましたら、ご連絡ください。
「等価」で交換セッションしましょう!

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